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Re:Re:みちくさ

ゆるくいきてます

オペラ座の怪人

オペラ座の怪人』 

ゆづくんが今シーズンのプログラムにオペラ座を選んだことで

猛烈に見直したくなって 

先日からちまちまと再生しては止め 再生しては止めを繰り返して

今に至り

やはり感想は書き残しておかねばならんな と思った次第で

 

 

えと この作品 12年ほど前に劇団四季の舞台で観た時は

正直そんなにハマれませんでした・・・ 

なぜなら・・・ ファントムを見た途端に

「うわわっ なんかっ… なんかまるいよっ!」と思ってしまい

そのまんまどこにも引っかかることなく

最後まで軽快に走り抜けてしまったわたしです\(^o^)/

 
そんなもんで、舞台にどんはまりすることがなかったので

わたしの日常と財布の中身はめっぽう平和でした


だって… マスカレードの場面で曲に合わせて

「ずんっ ずんっ ずんっ」 

って階段を下りてくる場面で

「なぜ・・・ファントムが・・・小太り・・・?」 

と 浅利慶太先生をちょっと本気でお怨み申し上げた次第… 


そして ついには笑いさえこみ上げてきたのを激しく記憶しております

ていうか その記憶しかなかったんだよ… おぅまい… 


それでも Sir・ロイド・ウェーバーの楽曲の魅力には 

あっさりと降伏いたしましたね

 
上映当時わざわざ四回も映画館に足を運んだのも 

あの名曲聴きたさゆえでした 

あの当時 期待しすぎて行った作品に

ことごとく裏切られるということが多く

あんまし期待しないで行った心の隙間に 

ズンッ ズンッ と入りこんできて 

それがまた心地よくもある映画でした 


まずはオープニングのオークションの場面で 

オペラ座のシャンデリアが競売にかけられるシーン 

モノクロで色を失った劇場で

シャンデリアの灯りがともった途端 

古びたオペラ座がかつての輝きを取り戻し

あまりにも耳に馴染んだあのテーマ曲 

「じゃーーーーーーーーーん じゃじゃじゃじゃじゃーーーーーーーーーん」 

が流れるんですけれども 

映画館で観た時は全身鳥肌でしたね 毎回 

音が映画館の四方八方から聴こえてきて 

ものすごい臨場感だった

 
ミュージカル映画は断然映画館で観るべしだねぇ 

いや、もとい、映画として作られたものは全て 

映画館で観るべし

 
音だってちゃんと劇場用に作られてるし

作り手が伝えたいことが 画面だけじゃなく 

音にもちゃんと詰まっているんだよね 映画って

 
テレビサイズになるとそれ用に加工されてしまって 

その時点で作り手の伝えたいことと若干のズレが生じてしまう

 
映画館で観た時の 胸がおしつぶされてしまいそうなほどの感動が 

DVDになると湧きあがってこないのが残念でならんです。。。

 
されど DVDになってもこの音楽には心を鷲づかみ 

感服です 


クリスティーヌ役のエマ・ロッサムちゃん 

最高! 惚れる! 彼女の美しさを形容できない自分の語彙のなさが

腹立たしいっ! 

まるで宝石のような彼女 

声もものすごくわたし好み 

ファントム役のジェラルド・バトラーさまも 

もっすごいセクシー!! 

演じる人が違うだけで ここまで感情移入できるとは! 

ラウル役のパトリック・ウィルソンも超ぐっど 

舞台のラウルよりも 映画のラウルの方が好きだなぁ 

しかも この3人の吹き替えなしの歌が本当に良かった 



なんていうか・・・

このお話って ほんっとに切なくてですねぇ・・・

 
ファントムは ただ愛されたかっただけなんだよね… 

でも 最後の最後に 愛されることより 

愛し続けることを選んでしまったんだよね… 

えらかったね ファンちゃん がんばったね ファンちゃん 

なんつーかもうね 

いーこいーこして (ノД`)ヽ(´∀` )ヨシヨシして

ぎゅうううううって抱きしめてあげたい気持ちになるんですよ 

一番最後のシーンでは とめどなく涙が溢れてきます

 

ずっと孤独の闇の中に身を置き

愛されることだけを望み続けてきた男が 

愛し続けることを選択した時にたどり着いた高みが

一体どれほどのものなのか 

わたしには想像もつきません…

 
そんな高みに至るまでの痛みを道連れにしながらも 

愛し続ける人生を選択した彼のその後の人生は 

光の中にあったと信じたい 

というか 光の中にしかないだろう と思う

 


一つだけ ちょっとだけ引っかかる訳があった 

「私は美女を求めているのだ」 

みたいな訳があったけど 

ちっちっち! それはちっがーう!! 

ファントムが求めているのは「美女」ではなくて 

純然たる「美」でしょ~がぁぁっ プンスカプンッ!

 
美女って言われた途端に下世話ストーリーになってしまったやないの… 

ファントムは自らが体現することの出来ない美を 

建築や音楽の中に求めていて 

その完成形をクリスの中に見出したんじゃないかーーーーっっ 

「私の音楽を形に出来るのはお前だけだ」 

という言葉がそれを示しているじゃないかーーーーーーっっ 


そんな御託はともかくとして 

こういう形の愛って たいがい拒絶されるんだよねぇ… 

てか 受け入れてもらえることのほうが稀有・・・

 
激しいもんなぁ… 

偏執的だもんなぁ… 

そりゃますます孤独になっちゃうよなぁ… 

見方を変えれば ファンちゃんって 

ストーキングに全人生を費やしてしまった

キモさ爆発のヲタ男だもんなぁ・・・

普通だったらその時点でドン引きだよなぁ 

ところが それがそうは見えないどころか 

切なさいっぱいに見えてしまうっていうのが

この話のすごいところよっ どうよ奥さんっ! 

ストーキングも上手にやれば切なく見えるんだよっ!! 

(↑えーと いちじるしく間違っております) 


なんかね クリスに触れる前までのファントムは 

クリスのことを「自分の思い描く美を体現してくれる肉体」 

として見ていた気がするんだけど 

皮肉なことに 

ひとたびクリスの肉体に触れてしまってからは 

クリスの魂そのものを欲しがるようになっちゃったんだよなぁ

肉体を通り越して 彼女の精神を欲しはじめちゃうんだよね

 

ファントムが切望した愛って

究極の愛の形だなぁとは思うけど 

この愛を肉体レベルで実現するのは難しいだろうなぁと思う 

もしも魂だけの存在であれたなら 

2人は何の障害もなく結ばれていたかもしれないのにねぇ 

この世に生きとし生ける者は肉体というものを纏っており 

それゆえの苦痛というものもあるし。。。 

魂が魂を恋うるような激しい愛は 

どうしても肉体を消耗させずにはおかないものね

 

だけど クリスはクリスで 

そんなファントムの魂をかけた愛に抗いきることができないわけ

クリスもそういったものを求めていたから

それに応じる心の準備はすでに彼女の中で出来ちゃってるわけ 

心のどっかでどうしようもなくファントムに惹かれまくってて 

あまつさえ応えてすらいて 

それが大詰めのpoint of no returnの場面で 

彼女の恋人ラウルの知るところとなるんだよね 

クリスとファンちゃんの魂レベルでの結びつきの濃密さに 

一瞬呆然として立ち尽くすラウルの表情に

いつもやられちゃう

ラウル萌えーーーーーーーーーーーっっっ 

この場面 今回だけで四回リピートしますたww 

んで そんなラウルはラウルで クリスに対して 

肉体に沿った愛のレベルを示すんだよねぇ 

それがこの映画の秀逸なところではないかと存じまする 

ラウルはクリスに

「結婚して 共に年老いていく中で お互いを少しずつ分かち合っていこう」

と言うのでげす

 
お前の全てを全部くれ と望むファントムの

強引な暑苦しさとは対照的な 

ラウルの存在に心癒されました 

ラウルはきっと クリスとの暮らしの中で 

少~しずつ魂を交わらせていって 

彼女と過ごす年月とともに次第に一つになっていこうと思ってたんだろうな

 だからこそ クリスの死後 

あんなにも抜け殻状態になってしまっていたんだろうなぁ 

クリスめ 死ぬ時にラウルの魂まで持っていきよってからに こんにゃろめ

 
ラウルの状態は 見ているのも辛くなるほど

とても切ないものではあったけれど 

クリスと魂の交わりが出来なかったファントムの 

長い長い孤独を思うと ねぇ…

 
得ることが叶わなかった不幸と 

得たものを失ってしまった不幸では 

前者の方が 得ていない分だけ不幸の度合いが大きいよ…ね…? 

あぁ ファントムはただ孤独だっただけなのになぁ 

ただクリスに愛されたかっただけなのになぁ 

だ~れも悪くないのになぁ 

孤独は罪じゃないのになぁ

もうさぁ いっそのこと もうひとつのルート作っちゃおうよ! 

ファントムが幸せになれるルートをさ!! 

って思わずにはいられない 

もうさ クリス いいじゃん ファントムと幸せになりなよー!

ラウルはわたしがいただくからさっ キリッ!

みたいなルートくれよ 


見終わってからも 

なんだか切なさが胸にキリキリときりもみ状態でやってきておりまする 

うう… 

ますます寝れねぇ・・・ 


なんだかんだで ミュージカル映画が大好きなのであります

 

この勢いでRENTも見ちゃおうかな~ 

って 明日も仕事だろっ!寝ろっ!